1 2 0 点

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            自由が丘の英語塾 章英塾   

   

   何かを想う時       

 

       「いいえ、 ~は 120点」と 信じ

 

     

   様々な状況の中で より良い一歩を踏み続けているのだから

 

         学んでいるのだから・・ 

 

                   ひとつ ひとつ 悟っているのだから・・と

    

     

    テスト結果の数字も 何もかも 

 

        「いいえ、 ~は 120点」と 

 

                   敬意と共に 明日へのstepを 信じ

 

 

            + + + + + + + + + +

  

    

     今日は ご命日です。大切な方の。 

 

            その方の ひとこま ひとこまのすべてが 

 

                    その方の 日々で 人生で・・

    

    

   それが もしかして すべてが 必要で 偶然で・・

        

           そして その方が すばらしかったと お幸せだったと 

        

              私には勿体ないほどの 120点の方だったと

 

          深謝と お詫びと 祈りを 胸に・・

 

 

 

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 文学を志す 卒業生の blogを 抜粋 ご紹介させていただきます。 

   http://blogs.manapo.com/rucksack/archives/120531001116.html

 

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生きている人が、すでに生き切った人のなにかを伝えるということは

現実に変化を与えることだ。

その人が実際に存在しているかいないかは関係ない。

 

でも。

消えても、いなくなるわけじゃない。

呼べばすぐに現われる。

お母さんはときに、わたしのことを叱るし、なにかと日々影響を与えられている。

 

 

それは、理科の教科書に書いてあった浸透圧にも似ている。

最初は溶液の濃度は、あちら側とこちら側に、くっきりとわかれている。
まじりあうということはない。
けれど、ひとたび人がいなくなれば、
一気にその記憶や経験が、めまぐるしくこちら側に流れ込んでいく。
 
だんだん時間が経ってきて、だんだんと互いの溶液の濃度が中和されてきたら、
粒子、ここでは記憶や体験のようなもの、は、均等に自由に行き来できるようになる。

 

きちんと中和されたときには、粒子はもう、必ずしも死者そのものの姿をしていない。

それは多くのものに溶け込んでいる。

自分の周りの人々の中に、潜んでいたりする。

自分の今の経験の中に、含まれていたりする。

 

わたしは今、前ほど具体的な形を必要としていない。

お母さんそのものを、必要としていない。

粒子は分散して拡散して、さまざまなところに宿っているということを、感じる、

 

  ~ 中略~ 

 

     井上ひさし氏の 『父と暮らせば』には、娘と父親が出てくる。

 

死んだ人の分のなにかを伝えるのが、お前の役目だと教えてくれる。

そしてお父さんは、娘さんによってこそ、生かされている。

いなくなったとしても、消えるわけではない。

いつでも共存できる。

生きているからといって、えらいわけじゃないし、

死んでいるからといって、なにもできないわけじゃない。

死んでからだって、生きていたことがものをいう。

 

 

体は借り物。

 

まわりの人に、説明のつかないこと、論理通りにいかないことは、いくらだってある。

 

体は、借り物でしかない。

 

そして、借り物をつぎの人へと貸すための引力は、

遺伝子と遺伝子が引きあうような引力は、

それはとんでもないくらい強いものだから、容易には抗えない。

 

そして、借りた人たちに対する、礼儀や、誠意の表し方として、感謝の表し方として、

 

借り物は、なるべく大事に使わなければならない。

          

          

            自由が丘の英語塾 章英塾 

 

 

 

 

 

 

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このページは、shoeijukuが2012年6月 2日 12:30に書いたブログ記事です。

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