器からお料理を発想するプロがいる。また、お料理を引き立てるのに派手な皿は必要がないと言うプロもいる(白で十分ということである)。だけど、おいしそうに見えるかどうかについて、両者は同じ視点で食器を選んでいるのだと思う。お料理を一つの作品にしていく上で何がポイントになっているのかだけが違っているのである。
器によって料理が決まる!などといっぱしのことを口走ったことがある。器を学び、それに合わせてお料理の提案ができたらいいなと考えていた。もちろん今もそれは変わらない姿勢である。しかし、そんな生意気なひと言に、
「お皿は食べられないのに?」
とのお言葉を頂戴したことがある。確かにそのとおりである。
外食する機会が増え、さらにいろんな業態の飲食店へと足を運ぶ機会が増え、お料理のおいしさとともに何か真新しさをそこに求めるようになっていった。さらにチェックも厳しさを増す。外装及び内装はもちろん、メニューブック、おすすめ料理のアピールの仕方、そして肝心のお料理と、器。その器が楽しいと感じるお店はどちらかというと和食系。それは日本料理の歴史にも由来するところであるが、四季折々の食材の色を楽しむために色や形を考慮した力作たちが脇を固める。まさに料理と器が一体となり一つの作品となる。そして、私はその魅力にとりつかれた1人なのである。
何とか普段のお料理に応用できないだろうかとするのが私の持論。何気ない日常でそれはとりたてて注目しなくても当たり前に行われていることなのかもしれない。しかし、それを楽しみの一部として認識せず、ただただキッチンに立つことが嫌になってしまわないように、ささやかに主張し続けていたいと思う。
- 投稿者: 住と食を学ぶ 日時: 2007年11月20日 07:57 | パーマリンク
