今は日本の大抵の家庭には、1人1台以上の割合でカラーテレビジョン受像機がある。日本の場合、テレビジョン受像機を所有すると、NHKと世帯毎に受信契約することになっているが、その契約世帯数ベースでは、限りなく 100% に近い。
日本では、テレビジョン受像機のことを単に「テレビ」と略するが、国際的には全く通じない言葉なので、敢えて「テレビジョン受像機」と記述する。
実際には、テレビジョン受像機の普及率は 100% を超えていると思われる。
普及率が 100% を超えるという話しは、変な話だと思うかもしれないが、日本の総世帯数は、約4300万世帯と言われており、現役カラーテレビジョン受像機が8600万台あると仮定すれば、普及率は 200% である。
実際、自転車が普及率 200% 超といわれている。現役テレビジョン受像機の台数は、国内では 5000万台とも 6000万台とも言われている。
20世紀最初の年、1901年にイタリアのマルコーニなる人物が、電信(モールス符号)で大西洋横断の無線実験に成功して以来、無線で音声通信をすることがひとつの夢となる。それも 1915年に通信実験に成功する。
既に有線通信では、1876年に発明されていた電話が普及しはじめていたが、当時の有線通信は、海洋を隔てて通信するのは困難だったからである。
アメリカで世界初のラジオ放送が始まったのは 1920年。日本では、その5年後の1925(大正14)年。今考えると、当時としては、1990年代のインターネットの急速な普及を思われるような爆発的普及と思われる。ラジオ放送開始までの期間に、ラジオを構成する上で重要な部品、「真空管」が発明されたのが大きい。この頃には、動く映像を通信する技術、「テレビジョン」が夢の技術として研究が盛んになった。日本では、欧米の技術者も敬服するという「高柳健次郎」氏が中心となって携わっていた。
この頃の動く映像と言えば、映写機くらいしかなかった。
動画(動く映像)には、現在では色々な通信方式があるが、全て映写機の技術や原理を応用したものである。
そして、イギリスで世界初のテレビジョン放送が始まったのは 1936年。ラジオ放送で培われた技術が基礎になっている。だから、ラジオ無しにテレビジョンは存在し得ないのである。ラジオは「過去の遺物」ではなく、れっきとした「先輩格の通信機器」であり「基本」なのである。このシリーズを読み終える頃には、ラジオの仕組みや技術を知ることで、全く別の世界が正しく見えてくるようになることを期待し、それを目標にしている。
